自分探しが止まらない (ソフトバンク新書 64)速水 健朗自分探しや自己啓発は自然な流れわざわざ『自分探し』とか『自己啓発』いう言葉を使わずとも、これらはごく自然なことだと思う。食うことにすら困った昔や、現代でも発展途上国の中には、より良い人生を夢見る余裕など無かった(無いところもある)だろうが、現代の日本で食うのに困る人は少ない。となれば、もっと良くなりたいと考えるのは自然な流れで、その過程で「どうすれば幸せになれるか」「今の仕事(勉強)が好きなのか」「何が向いているか」などと自分と向き合って考える人も多いだろう。
そういう人がたくさんいるからこそ、そこをターゲットにするビジネスが増えているだけという気もするし、売れているのも彼らに元々潜在的な需要があるためという気もする。TVショッピングは楽しむ人や便利だと感じる人がいるからこそヒットしていると感じる側面、狡猾に買わせようとしている罠のようにも見える。これに限らず何の商売でも金を儲けるためにやっているわけで、その角度から見ればどんなに世のためになっていても狡猾に見えるものである。ビスビム(visvim)通販そんなことは最初から解っている上で、それでも自分を高めたいという人もいるのだ。私は自己啓発の存在を知る前から、もしそういう本がこの世にあればという需要を持っていたし、自己啓発で人生がまさに180°変わった人間なので、自己啓発的商材には大賛成なのだ。だがそうは言っても自己啓発に興味を持たない人も全く問題ないと思う。我武者羅に生きて成功する人もたくさんいるし、のんびり生きて幸せな人もたくさんいる。しかし現状に不満を抱えられるくらいの余裕が出た時「もっと良くなる方法はないか?」と考える人だってたくさんいるはずで、そんな時にヒントをくれる参考書や教材がたくさんあっても良いはずだ。さらに社会的に容認されている(違法等でない)自己啓発は、悪人を善人に変えようとすることはあっても善人を悪人に変えようとすることはないものであることを加えておく。「自分探し」ビジネスのあざとさ海外放浪やフリーターなど「自分探し」にはまる若者を批判する、安直な論調が増えている。イラク誘拐事件以降、その空気は強い。本書も帯を見て、そうした時流に乗った本なのかなあ、と思って手に取った。が、そうではなく、著者は若者たちを自分探しの穴に落とし込む「仕掛け人」たちに視点を当てている。私も自分探しの問題は、する若者以上にそれに引きずり込もうとする人間の胡散臭さの方が気になっていたので、著者の視点に共感するところがあった。
とりわけ、「自分探しのカリスマ」高橋歩、「絶対内定」の杉村太郎が出ていたのには納得した。彼らは「夢を見つけ、夢に進んで行け」という気持ち悪いくらいのポジティブ思考が連発されていくのが実に共通している。こういう人たちは、普通の会社員という存在を容認しないのだ。そして、彼らは自分たちの本で「自分探し」に引き込み、彼らの運営するハコでさらに「自分探し」へ没頭させる。高橋は店員もボランティアの沖縄宿泊施設で念に数千万稼いだというし、杉村もハーバードの修士を取った。「夢を追え」というワタミ、始業前にスピーチを大声で話させる居酒屋チェーン、どこも「夢があればいいじゃないか」というポジティブシンキングを使い、店員を安く使う。夢といわれて、結局搾取されてるのか。怒りを感じる。前半の「自分探し」前史は取り立てて見るべきところはないが、若者問題を考えるのに、参考になる書籍である。
己を知るということの難しさ個人を尊重し個性を重要視することをはきちがえた現代人のジレンマに対するアンチテーゼ(笑)
目的無く大学へ進学することを選ぶゆとり世代よりもっと前から始まった
今時の若者の愚考の分析学
自己啓発という商売の為の言葉が心地よく聞こえて流れる
有名人がその生き方を選べばそこに追随する
そこに個人や個々の判断などありはしないのだが
己が何を考えているのかわからないのだから気づくはずも無い
様々な事例とともに
「自分探し」に踊らされるものと
ソレを食い物にするシステムのご紹介
データの豊富さは脱帽だが
結局
こうしろ
というのは書かれていない
答えは自分で見つけるものだ
私は情報を与えたよ
後は各自で判断しなさい
投げっぱなしなのではない
宿題を出す先生の立場の著者はこのスタンスでいい
ありがとう自分探しが止まらない (ソフトバンク新書 64)
自分探しが止まらない (ソフトバンク新書 64)速水 健朗自分探しや自己啓発は自然な流れわざわざ『自分探し』とか『自己啓発』いう言葉を使わずとも、これらはごく自然なことだと思う…